『終着駅』には、現代中国文学翻訳研究会によって翻訳された80年代中国女性作家の短編小説が収録されています。
文化大革命が終わった後、その記憶と向き合う人たちの姿が描き出されています。
王安憶『終着駅』(《本次列车终点》)1981年
陳信が10年ぶりに上海に帰ってきた場面から物語が始まります。陳信は、兄の代わりに下放を受けて、北方で10年間生活してきました。その間、常に上海に帰りたいと願っていました。遂に上海に帰ってきましたが、上海は人があふれる都市であり、陳信の心は落ち着きません。そして、家の相続を巡って、兄家族と微妙な関係が生まれます。そして、仕事も受験勉強もしないでラジオをずっと聴いている弟にも悩まされます。しかし、最終的に陳信は悩みを突き破り、前向きに生きていこうと思い直します。
鉄凝『果樹園への小路』(《小路伸向果树园》)1980年
19歳の女性詩人である私は、果樹園を気に入っていて、よく散策しています。その後、影のように私についてきて、私と目を合わせる五十過ぎの男性があらわれます。ある日、男性は私に対して「一緒に散歩しませんか」と申し出ますが、私はかっとなって断り、逃げます。その後、私は、その男性が党委員会の宣伝部長だったと知ります。
宣伝部長は、文化大革命の頃、無実の罪で妻を失い、さらに自己批判を強いられました。その上、娘は宣伝部長の意見を無視して、文革遂行のために武力闘争に参加したクラスメートと結婚して、戦闘で死亡しました。しかし、宣伝部長は毅然として涙を流すことはありませんでした・・・
宣伝部長は、私と娘がよく似ていたため、果樹園で私に声をかけたのでした。私は、宣伝部長がもう去ると知り、慌てて追いかけました。そして、動き出した汽車に乗る宣伝部長に向かって「あなたと一緒に散歩したいんです」と叫びました。その声は届いたかどうかわかりませんが、宣伝部長は微笑みを浮かべながら涙をこぼしました。
『愛する権利』(《爱的权利》)1980年
ある姉弟の物語。物語の舞台はハルビン。姉・舒貝、弟・舒莫には、歌手だった母親と大学で音楽を教えていた父親がいました。しかし、母親は文革の時期に自己批判を強いられて自殺、父親も批判を受けて、愛していたバイオリンを四階から投げ捨てると「もう二度と音楽にかかわらないように。舒貝は労働者と結婚するように・そして、普通の人間になって決して政治とかかわってはならない」という遺言を残します。
その後、舒貝は看護士となり、舒莫の入院の際に、李欣という哲学を好む青年と出会います。舒貝と李欣は惹かれあいます。しかし、文革が終わりに近付いた頃、父親の遺言に従って音楽や政治を恐れる舒貝と、音楽を学ぼうとする舒莫の間に対立が生まれます。そして、李欣は舒貝に告白しますが、舒貝は李欣に対して、自分かあるいは政治・哲学の片方だけを選ぶように迫り、李欣は政治・哲学を選びます。そして、二人は結ばれることはありませんでした。
劉俊民『月清く』(《月色清明》)1980年
私とある老人の心の交流の物語。私(銭)は、文化大革命の時、妻と新聞社の職を失います。文革が終わり、新聞社に戻ってきますが、過去の記憶のため強情になっています。そして、昔からの友人で職場仲間の趙慶江に一緒に中秋節を祝おうといわれても断ります。私は仕事に没入して、哀しみや悩みを忘れようとしますが失敗します。
その後、親身になって私の手助けをさまざまする老人から弁当を貰い、その美味しさに感謝します。そして、弁当箱を届けるため、老人の家を訪ねます。月明かりの中、老人は川劇を上手に歌っている最中でした。その後、私は、老人とどこかで会ったような気がするので、帰る途中で記憶を振り返ります。老人は胡という人物でした。私は下放された川南で胡の妻と出会ったことがありました。胡の妻は家の取り壊しに反対して私のもとに哀願にきましたが私が相手にいないので首をつって自殺したのでした。私は道を引き返して胡に再び会い、「どうして私を避けて、本当の名前を言ってくれなかったんです。どうして私に親切にしてくれるんです。こんなにしてくれるより、私をののしり、恨んでくれたほうが・・・」と言います。老人は、「私があなたを恨んでも、あなたは誰を恨めばいいのか・・・あなたは学問のあるインテリだから、よくお考えになれるでしょう」と言います。私はその後、新しい生活に踏み出そうと決意して、趙慶江の申し出にこたえます。
余未人『星のきらめき』(《星光闪烁》)1981年
厳教授と息子・厳小熊の確執と和解の物語。厳教授は、H製品試作のため、長年にわたって努力しています。文革時期に自分のことを告発した息子・厳小熊を嫌い、息子と認めていません。厳教授の妻・竹雲は、厳教授と厳小熊を和解させようとしますが、その度に失敗して悩んでいます。いま、厳小熊は、厳教授の親友であり研究仲間でもある方愚のもとで、学んでいます。
ある日、妻は、方愚、厳小熊たちを呼んで歓迎会をしようと厳教授に提案します。今回は厳教授も承諾します。厳教授が妻の贈物と思って喜んで受け取った新しい眼鏡、小さな懐中電灯、回春薬の入った袋は息子の贈物でした。さらに、息子は父親の愛するプリンを持ってきます。厳教授は方愚からH製品試作のための図面を見せられてその内容を絶賛しますが、それは息子が中心になって設計したものでした。厳教授は息子に声を掛けました・・・
どの作品も文革が人の心に与えた影響を問題にしています。