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中国文学映画関連 備忘録

6/1 《飲食男女》

《飲食男女》(1994)は李安監督が制作した家族に関する台湾映画。邦題は『恋人たちの食卓』。

ホテルの料理長・老朱は、男手一つで三人の娘を育て上げました。毎週日曜、家族は集まり、ともに老朱のつくった料理を食べるため食卓を囲みますが、娘たちの成長にともなって父と娘の関係には不調和が生じます。また、家珍の友人で離婚経験のある錦栄とその娘も老朱の家に時々訪れるので、老朱はその娘のために弁当をつくるようになります…

老朱が料理をつくる場面はみていて、とても楽しいです。また、台湾の風景にも惹かれます。

家族の関係に関して、様々なことを考えさせられました。

長女・家珍は、キリスト教を信じており、高校教師をつとめています。学生時代の失恋で負った精神的トラウマのため恋愛を忌避している、と周囲の人間は思っていますが、後にその恋愛の記憶が恐らく事実ではない、とわかります。長女だから、母親のかわりになろうとして自分を抑圧・犠牲にしてきたと言えそうです。

結局、家珍は三女・家寧の妊娠や、次女・家倩との会話などに突き動かされるようにして結婚、家から去ります。仮の母親としての役割を終えて、自分の人生に踏み出したと解釈することが出来そうです。

三女・家寧はまだ大学生ですがファストフード店でアルバイトをしています。バイト先の友達の彼氏と付き合うようになり、妊娠して誰よりも早く家を出て行きます。三人姉妹の中では比較的描写が少ないのですが、三女・家寧が去ったことにより、物語は大きく動きます。

次女・家倩は、航空会社に勤務しています。父譲りの料理の腕と、母譲りの強情を併せ持つと評されます。優秀なので会社では重要な役目を担い、美貌のため彼氏もいて、自己実現に成功しているといえます。そして、父親のもとを誰よりも早く離れようとして自ら建設中のマンションを購入します。しかし、その住宅は建設中止になり、貯金もほぼ使い果たします。

一見最も奔放かつ自由に見えた家倩が、結局最後まで家に留まることになります。そして、家倩のつくった料理によって老朱は一度失った味覚を取り戻します。その不調和と和解が、物語の軸になっています。

長女三女結婚の後、老朱は結局、年齢的にだいぶ若い錦栄と付き合います。娘たちが成長して、前妻との記憶に区切りをつけたから、といえます。その交際の結婚の宣言をした際、錦栄の母親は激しい抵抗を見せます。錦栄の母親は、恐らく老朱を組みしやすい再婚相手の候補とみていたのに、娘と結婚するとなれば自分の計画は崩れるので、抵抗したと読み取ることが出来ます。その抵抗の場面だけ、映画全体から浮き立つように強烈です。

映画の中では、抑圧が一つのテーマになっているようです。映画は基本的に、父(老朱)、母の代わり(家珍)としての役割を果たすため自分を抑圧してきた人が、今の自分の感情に対して素直になる、という展開と言えます。また、社会的成功のために、料理作りの道を諦めていた次女・家倩は最終的に再び料理作りにも踏み出します。

また、記憶との向き合い方も一つのテーマとなっているように思われました。過去において問題を抱えた場合、その問題は今の時点においてどう解消・整理することができるのか、という点が何度も取り上げられています。
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