竹内好「方法としてのアジア」 中国関連の本(日) 2017年12月02日 0 「方法としてのアジア」は竹内好が1960年1月25日国際基督教大学アジア文研究委員会主催の「思想史方法論講座」で、「対象としてのアジアと方法としてのアジア」と題して行った講演をまとめたもの。『竹内好セレクションII アジアへの/からのまなざし』収録。 竹内好自身の思想がどのように育まれてきたのかを簡単に説明しています。既存の漢学に対する反感。中国旅行を通して、中国を理解したいという思いを持ったという発端。中国文学研究会をたちあげたものの、第二次世界大戦が始まって兵士として中国に赴いた経緯。戦後は、第二次世界大戦に対する反省から始まったものの、コミュニズムに対しては全面的には承認できないという態度。 そして、後進国における近代化にはさまざまなタイプがあり、日本と中国はそれぞれ異なる道をたどったのではないか、という推論にいたります。そして、日本の近代化は迅速だったが、皮相を模倣したにすぎず、一方五四新文化運動に始まる中国の近代化は民族という軸があるとみなします。そして、三本立てで西洋、日本、中国を考えていきたいと竹内はまとめます。 参照するのは、デューイやラッセルによる日本と中国への分析です。そのほか、日本における限られたタゴールの受容と中国における広範なタゴールの受容を比較します。 また、東洋という一点で日本、中国、インドをまとめることは必ずしも妥当かどうかは分からないと梅棹にも言及します。 そして、日本は中国に負けた、という意識が日本人にはないが、毛沢東の『持久戦論』を読めば分かるように中国は信念に基づいて日本に勝ったのであり、それをしっかり反省することが大切だともいいます。 そして、普遍的な価値と言うものを認めたいという立場から、「西洋的な優れた文化価値を、より大規模に実現するために、西洋をもう一度東洋によって包み直す、逆に西洋自信をこらちから変革する、この文化的な巻返し、あるいは価値の巻返しによって普遍性をつくり出す」といったことをしていくべきと主張します。 PR